私が京都市に住み始めた理由の一つに 「着物の仕事がしたい。」
っていうのがあったんですよ。

漠然と「着物の仕事がしたい」っていうそれだけでした。
何も考えて無かったんですよねー。今考えるとなかなかの行動力だなぁ。

着物=京都
 
っていう短絡的な発想で24歳の頃に 当時勤めていた会社を辞めて
京都に飛び込みました。


着物の仕事がしたい。でも何をするの?
 
当時まだ兵庫に住んでいた頃。京都での着物の仕事を色々とネットで調べていましてね。
 ひとつの着付け教室を見つけまして。

自分が着る方じゃなくて、人を着付ける事を専門にしてる着付け教室です。
「へーこんなんあるんやなー」とぼんやり見てたら、モリモリ面白うって感情に支配されまして。

18万くらいだったかなぁ。1週間か2週間くらいの勉強なんですよ。なんかその教室のライセンスとかもあるとか。
女性の着付けをするのに必要なセットとかも代金に含まれてました。

腰ひも2本、伊達締め2本、帯枕2個、帯板とか襟芯、着物クリップ(よくある赤いヤツ)あの3重になったゴムベルト。
とかあとなんかあったかな?たしかそのくらいだったような。

深く考えずに申し込んじゃいましてね。いやー、着物の仕事への足掛かりとはいえ高い授業料でした。

でも男性とは珍しいってので、トルソーもくれました。これは今だに我が家に居ます。
京都に来てからずっと同居してるトルソー女史。
 


今はこういう着付けしないですけどね。

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今はこういう感じが好きです。
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着付は勉強したものの、着物の何を仕事にするか迷走が始まる。
 
そりゃ着付け教室に勉強しにいっただけなので、そこから先はまた手探りでした。
京都は着物の仕事はたくさんありますけどね。

呉服屋で販売するって選択肢は最初から考えて無かったので、探しませんでした。
機織り、染め物、あれやこれやで探し回りました。

友人に西陣織の伝統工芸士も居るので彼に色々と話をきいたりもしました。

そのうち、なんかわけもわからなくなり混乱した私は人力車とかも調べるようになってきてましたよ。
いやー、人間混乱すると何を考えるのかわかりませんね。やだやだ。


着付の仕事って女性は色々と見つかりやすいんですよね。
京都だと変身舞妓とか、レンタル着物だとか写真館。そういうので着付けってスキルは使えるようです。

けどまぁ男性ですからね。簡単には見つかりませんでした。


男性で着付けの仕事っていうと、祇園や先斗町、宮川町などの花街の着付けをする「男衆」ってのがあります。

有難いご縁で、先斗町の女将さんを紹介してもらって男衆の話などもさせてもらったんですけど
あまりに未知の世界すぎるのと、古くからの女の世界にビビッて足を踏み出せず。


無職ってワケもいかないので、当面生活するのに京都で鉄工所勤務したり、運送屋で日雇いのアルバイトしたりとしておりましたら、馴染みの小料理屋さんの女将さんがまったく予想してなかった話を持ってきてくれたんですよ。

松竹京都撮影所の衣裳部。っていうカオスすぎる仕事の話でして。

その話が着た日にその時働いていた日雇いの会社は辞めました。

行動は迅速なのがもっとも良い。


とりあえず、熱意と行動。発信し続けること。

と、いう具合で1年半くらいは模索し続けてましたけど、念願の着物の仕事に就く事ができたわけです。

しかもとびきりレアな職場というなんだかよくわからない状況になっておりました。

着物の仕事、着付けの仕事ーーーって探してたら、時代劇の着付けをする事になってましたよ。
人生、何が起こるかわかりませんな。

衣裳部屋に勤めるようになって1週間ちょいで、有名女優さんの帯を結ぶことになったり。
半年くらいしたら有名な時代劇の着付けしてたり。あ、これ芸能界の仕事なんだな。って改めて思い知りました。

ミーハー要素皆無で、ただただ着付け好きでやってたので、いやほんと楽しかったですね。
めちゃくちゃ勉強になりましたし。
着付のお客さんが一般の人じゃなくて玄人さん芸能人ってだけです。

女優さんたちはちゃんと用意して衣裳部屋きますけど、たまにエキストラとかで来る素人さんは逆に大変でした。
女性の下着姿(ちゃんとステテコとか履いてますよ)は見慣れてるんで、こっちは意識してないのに意識しちゃうんですよねー。普通に考えたらそりゃそうですけど。こういう時に「あ、一般の人って恥ずかしいんだよな。忘れてたわ」ってなるんですよ。毎日着付けしまくってるので、そうした感覚マヒしてました。そりゃレンタル着物とか男性を採用しないワケだ。


着付教室で習った着付けの仕方は当然ここでは全く違います。役に立ったのは着物の畳み方だけでした。
と、いっても着物を畳む行為そのものにスピードが要求される職場だったので
悠長に畳んでられませんでしたけどね。

当時はそうした着付けの違いてのも知らなかったので驚きました。

帯結びの構造は様々あるんですよね。最終的にあのカタチにする。というだけで。

着付教室の教えが全てって人も居るみたいですけど、実にまぁ了見の狭い話です。


なんでしょう、すぐに結果を求めたって無理なんですよね。無理ゲーなんですよ。
あきらめたらそこで終わりですからね。やりたいならとことんやってみないと。

行動をしないと、妄想にしかならないですからね。

あの時、「着付の仕事したいんですよねーー」ってあちこちで言いまくってたのも良かったんでしょうね。
熱意を感じ取ってくれる善意の人が、拾う神と化す場合があります。


結果的に2年半で辞めたので、その人の善意に報いることはできませんでした。
理由としては、日当6500円では京都暮らしは厳しいという現実と、職場の人間関係に馴染めなかった。
というヤツですよ。後者はどんな職場にも適応されるモノですが。



やりたい事を仕事にするために。

最大限の熱量を伴う圧倒的行動力。


 私の体感したモノとしてはこれですなー。色んな仕事をしてきましたけど、コレやりたい!!!
って事はだいたいやってきました。飲食店もそうですし、嫁さんがワーホリ行きたいっていうたら
一緒にワーホリにも行きました。

すべてがスムーズだったワケではありません。
もちろん、やりたい事だけをやってきたワケではありませんよ。
その都度、紆余曲折は経てきてます。


今回の約一年後の地域おこし協力隊の採用も、コレだと思います。 
そもそも履歴書も書いてませんからねぇ。直接話す。というヤツです。
この機会をくれた白石前副町長ともTwitterでお互いに熱い話をしました。

私、履歴書だけ見たら真っ黒ですよ。けっこう頻繁に職を変えてますからね。
「また次も長続きしないんだろう」っていう声も聞こえてきそうですけど、次やるのは普通の雇われ人じゃないので、ケースが違います。



熱血ヤロウでいいんですよ。必死こいてに頑張ろうと努力してる人を笑う人はあんまし好きになれません。
 

やりたい事、あるならやりましょか。よし、そうしよう。やりたい事しましょうよ。


というワケで、私は移住してから3年間は農事組合法人で農業やります。
ランチ営業だけでも飲食店やりたいなぁと考えてるんですよね。事業計画も考えていかないとな。

お金は大事ですからね。病院代とか 大変ですよガンになると。ガン保険は入ってた方が良いです。 

ちゃんと稼げるように・・・ならないとなぁ私も!!!あたしゃもう33歳ですよ!ワァ!